「270億円」
お金がタイトルに入っている本は、昔も今も注目を浴びやすい。
そんな理由からか、「〇万円」「〇億円」とAmazonで調べてみると、たくさんの本が検索に引っかかる。
中には、「ただ注意を引きたいだけでは?」と疑いたくなるような本もたくさんあり、まさに玉石混交だ。
しかし、今回の『無名の男がたった7年で270億円手に入れた物語』は別格だ。
よくある経営指南本に書かれているような「経営の原理原則」を、ゼロから忠実に再現している。
そんな実践知がつまっているのが本書である。
儲かる決定打は「事業経済性の追求」
ところで、経営学で語られている「儲けの定石」として「事業経済性」なる概念がある。
大きくは次のようなものがある。
- 規模の経済性
- 範囲の経済性
- スピードの経済性
- 経験効果
詳しい説明はこちらのサイトなどを見ていただくとして、
本書は主に「スピードの経済性」を活用しながら、効率的に儲かるビジネスを展開している。
筆者はリラクゼーション事業「りらくる」をたった7年で600店舗まで拡大させるわけだが、
ここまでスピードにこだわる理由について、次のように記している。
私が、多店舗展開を急いだ理由には2つの大きな理由があります。
ひとつは単純に、少しでも早く動き、少しでも多くの利益を得たかったからです。
(中略)
もうひとつの大きな理由は、「りらくる」のようなリラクゼーション事業の参入障壁が低いことです。
「りらくる」にもモデルとなったお店があったように、「りらくる」を真似して参入してくる事業者がすぐに現れると思っていました。
それを防ぐ一番の方法はその地域でのシェアを先に勝ち取ることです。
誰かが新たにリラクゼーションのお店を出そうと思ったとき、候補地の周りにすでにいくつもの「りらくる」があれば、その場所へのオープンは断念するはずだと思ったのです。
『無名の男がたった7年で270億円手に入れた物語』p45
スピードの経済性の1つの魅力が「先行者優位」である。
ものすごく平たく表現すると「一番早いやつが、全部持って行ってしまう」ということだ。
この定石を筆者は愚直に追求していったのだろう。
「つくる→整える→渡す」の基本を徹底
しかし、上記のように、事業の展開スピードを重視すると、必ず直面する課題がある。
それが、「人材の確保」と「品質の担保」だ。
施術経験者が労働市場に潤沢に出回っていれば何の問題もないわけだが、そう都合よくはいかず。
事業を急速に拡大する中では、「施術未経験者」を雇う必要があったそうだ。
しかし筆者は、この課題を「仕組み化」によって解決している。
通常であれば、リラクゼーションの施術をマスターするためには2ヶ月の期間を要するそうだ。
だが、筆者はその期間を「3週間」に短縮することに成功している。
通常、身体をもみほぐすには様々な施術方法があります。身体のひとつの部位をもみほぐすにも、いくつもの手の形で色々なもみ方をします。それらのすべてを覚えていたら、確かに施術をマスターするのに1ヶ月はかかるでしょう。
それではとても、未経験者に教えていくことはできません。
だから、ひとつの手の形で、首も肩も腰も全身をもみほぐすことができる施術方法をマスターしようと考えたのです。
(中略)
日本人には一つの技術を時間をかけて極めようとする人が多く、またそれを美徳としている傾向があります。それはそれで良いことだと思うのですが、その発想ではたくさんのものを売ったり、店舗を出したりということは決してできません。
『無名の男がたった7年で270億円手に入れた物語』p41
以上の施術方法を「未経験者でも2週間でマスターできるマニュアル」に落とし込み、
誰もが最低限の施術の品質をキープできる仕組みを構築している。
この事例からも、事業を拡大させるための原理原則は「つくる→整える→渡す」のサイクルだということがわかる。
詳しくは、以前書いた「【核心】職場の生産性を妨げる3つの罠」をご覧いただきたいが、
事業を拡大するためには「つくる→整える→渡す」それぞれにおける罠を回避する必要がある。
本書のエピソードを読んでいくと、上記の「ブラックボックス化」「何でも仕組み化病」「バントミス」を、まあ何とも見事に回避している様子が記されている。
…と、こんな視点で読み返してみると、「7年で600店舗拡大して270億円で売却」といった花形ストーリーの成功要因の1つは、
「つくる→整える→渡す」のサイクルを愚直に回し続けた点にあることがよくわかる。
派手なタイトルとは裏腹に、そういった基本の「きの字」に立ち返らせてくれる、素敵な本であった。