この本で解ける疑問は?
- ライターとは、ライティングとは何なのか?
- 文章を書くうえでの原理原則は何か?
『取材・執筆・推敲 書く人の教科書』とは
まず結論から申し上げますと、「今年読んだなかで、最も学びが深い本」でした。
いつもは一冊を45分、どんなに長くかかっても3時間くらいで読み終えます。
しかし、この『取材・執筆・推敲 書く人の教科書』は、週末を丸ごと使って読むことになりました。
なぜこんなにも、読むのに時間がかかったのか?
なにも難解な内容だったからではありません。いたって平易に表現されているので、誰でも理解できるはずです。
では、ページ数が480ページに及んだからか?
それも違います。
読むのに時間がかかった理由、それは何度も自分と対話することになったからです。
この本には、自分との対話を強いる、不思議な力があります。
では、本書のどこにそんな魅力があるのか?
ここを語るためには、本書のメインとなる問い「ライターとは何か?」に触れなければなりません。
この本では「ライター」を次のように定義しています。
ライターとは、「取材者」である。
そして取材者にとっての原稿とは、「返事」である。
取材者であるわれわれは、「返事としてのコンテンツ」をつくっている。
p35
なるほど。
では私は、この書評を通して「筆者への返事」を書かなければなりません。
「本書で語られていることを、私はこのように理解しました」
「なぜ本書には、これが書かれていないのでしょうか?」
今回の書評はいつもとテイストを変えて、「筆者に向けた手紙」のように書いてみたいと思います。
何が「書かれている」のか
480ページに及ぶ本書の全体像を、私は次のように理解しました。
「書く」とは、「取材・執筆・推敲」の3つで成り立っている。
取材のポイント
- 読む
一冊の本のように「世界」を読むところから始める - きく
会話の主導権を相手に渡して、相手のことを知るために聴きながら訊く - 調べ、考える
自分のことばで説明できるレベルになるまで、前取材/本取材/後取材を徹底する
執筆のポイント
- 説得から納得の文章へ
読者と課題を共有するために、起承転結でなく「起転承結」で書く - 構成を考える
「何をどんな順番で書くか」「何を書かないか」を、絵本思考をつかって決める - 原稿のスタイルを知る
本/インタビュー/対談/エッセイそれぞれの特徴を知り、ジャンルよりもスタイルを確立する - 原稿をつくる
原稿に必要な3要素であるリズム/レトリック/ストーリーを磨き上げる
推敲のポイント
- 推敲とは自分への取材
赤の他人として、音読/異読/ペン読で容赦なくダメ出しをする - 書き上げる
「これは本当に自分が書いたのか?」と思える姿になったとき、原稿は書き上がる
以上のエッセンスのなかでも、特に私の心に刺さったのは、本書で繰り返し述べられている次の一文です。
「書かれたことではなく、書かれなかったことを考える」
読むときは、「なぜこう書いたのか?」の一歩先を考える。「なぜこう書かなかったのか?」まで問うことが大事。
書くときは、「なぜこう書いたのか?」だけでなく「なぜこれは書かないのか?」も同時に考える必要がある。
この考え方を知ったとき、身体中に衝撃が走りました。
「ああ、自分はいままで、なんと浅い読み方をしていたのか…」と。
なので、今回は「本書に書かれなかったこと」にも着目してみました。
何が「書かれていない」のか
『取材・執筆・推敲 書く人の教科書』には、他の本に書いてありそうなことが書いてありません。それが、次の3つです。
- 何をテーマに書けばよいのか?
- 良い文章の条件は何か?
- どうすれば読みやすい文章が書けるのか?
おそらく、古賀さんは意図的にこの3つを「書かない」と判断したはずです。
では、なぜ書かなかったのか?
私なりに考えてみました。
①何をテーマに書けばよいのか?
文章をどう書くかも大事ですが、それと同じくらい「何を書くか」も大事です。
では、どうやって「何を書くか」を決めるのか?
そのためには、〇〇という方法論を使いましょう。
…と、このようなことが、他の「文章を書くための本」には書いてあります。
しかし、本書には「何をテーマに書けばよいのか?」は書かれていません。
人によっては「文章を書くための本としては致命的じゃないか!」と思うでしょう。
では、なぜ古賀さんは「何をテーマに書けばよいのか?」を語っていないのか?
それは「テーマやジャンルは、いずれ廃れていくから」です。
例えば、いま注目されているテーマの1つに「仮想通貨」があります。
しかし、仮想通貨が10年後も20年後も注目されている保証はどこにもありません。
一方で、インタビューやエッセイなどの「書くスタイル」は、10年後も残っている可能性が高いです。
「どんなテーマであっても、インタビューするのは得意です」と言い切れるように、「書くスタイル」で勝負できる方が、ライターとして長く活躍できる。
だから、「何をテーマに書けばよいのか?」よりも「どう書けばよいのか?」が書かれている。
ここに、「ライターに長く活躍してほしい」という、古賀さんの優しさや想いが詰まっているんだな、と読み取りました。
②良い文章の条件は何か?
良い文章の条件は何か?
これも、いろいろな文章術系の本に書かれている論点です。
しかし、『取材・執筆・推敲 書く人の教科書』には書かれていない。なぜなのか?
仮説ですが、それは「取材においては、良い文章を意識しすぎると、予定調和的な内容に仕上がってしまい、つまらなくなってしまうから」ではないでしょうか。
順を追って説明します。
まず、良い文章かどうかは、誰が決めるのか?
それは「読者」が決めるはずです。
一方、取材とは何か?
それは、「対象(人やもの)に対して、読む・聴(訊)く・調べること」です。
では、良い文章を書くために、「読者が知りたいことを意識しすぎた状態」で取材に挑むとどうなるか?
おそらく、読者が知りたいことを訊きだすのに夢中になってしまうはず。
例えばインタビューをするときに、読者が知りたいことを質問することに集中してしまう。
すると、インタビューの会話が脱線したときに生まれる「偶発的な気づき」に出会いにくくなってしまいます。
ここで、本書のスタンスに立ち返ります。
本書における取材の主役は、読者ではなく「取材の対象」のはずです。
「取材の対象」のありのままを捉え、翻訳して伝えること。
これこそが原理原則なんですよね。
だからこそ、古賀さんは「良い文章とは何か?」を直接的に語ることを避けたんだと思います。
③どうすれば読みやすい文章が書けるのか?
本書のタイトルにある「書く人の教科書」。
これを見たとき、おそらくほとんどの読者は「きっと素晴らしい文章術が書かれている」と期待したはずです。
しかし、この本には文章術はあまり書かれていません。
本書でも繰り返し「文章術については、あまり書くつもりはありません」と記されています。
これは、なぜなのでしょうか?
理由は2つ。
1つ目は、古賀さんが書かれているように、文章術を学ぶ前に考えるべきことがたくさんあるからです。
- 文章を書く以前に、まず「論を組み立てる」必要がある
- 書き方は、本/エッセイ/コラムなどのスタイルによって大きくかわる。文章の表現を考えるのは、スタイルの特徴をおさえた後の話
2つ目は、本書を読んでいけば、おのずと「文章の書き方」がわかるからです。
- 一文を短くする
- 「という」「~こと」などの冗長な表現を避ける
- 最低限の接続詞を使用する
- 文章は「見た目」も大事
- 比喩やたとえ話をなるべく使う
…など、文章術の本に書かれている技術のほとんどが反映されています。
実は、本書を読んでいる時点で、文章術も学んでいることになるわけです。
これはなかなか盲点でしたが、意識して読んでみると、これ以上ないくらい「文章術の学び」を得ることができました。
以上のようなたくさんの学びを与えてくださり、ありがとうございました。
さいごに
…と、ここまで、筆者の古賀氏に向けた「返事」を意識して書いてみましたが、いかがでしたでしょうか?
繰り返しになりますが、本書は「今年読んだなかで、最も学びが深い本」でした。
「書くこと」に少しでも関心をお持ちの方に、強く強く心の底からオススメしたい一冊です。