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【要約・書評】『欲望の錬金術』ローリー・サザーランド

人の欲望や行動をかきたてるのは「ロジック」ではない。「非効率」や「無駄」だ!

帯に書いてあったこのメッセージに目を奪われてしまい、思わず買ってしまったのが『欲望の錬金術』なる本です。

なぜ人間は、非論理的な行動を取ってしまうのか?

この問いに正面から向き合い、

そして「非論理的な行動をロジカルに解き明かし、相手を思うままに動かす力=サイコロジカル=欲望の錬金術」を解き明かしてくれるのが、この本。


少しだけ本書の内容をご紹介しますと、「人間が非論理的な行動を取る理由」は大きく4つの観点で説明できるそうです。

  1. シグナリング
  2. 潜在意識のハッキング
  3. 満足化
  4. 心理物理学

私なりに、順に説明してみます。

シグナリング

堅苦しく表現しておくと、

理解されにくい情報について、その代わりとなる「わかりやすいシグナル」を送って、相手との情報の非対称性をなくすこと

これがシグナリングです。


例えば「免許」とかは、わかりやすいですよね。

ぶっちゃけ一般人の私たちからすると、医学的知識とか司法なんて、ほぼわからないじゃないですか。

ただ、

  • 司法試験の合格率は○%
  • 医学部の偏差値は○○で、医師免許取得までに○時間の勉強が必要

みたいに書かれると、「何かよくわかんないけど、医者や弁護士ってすごいんだなー」と思いますし、

「そんなに難しい勉強をくぐり抜けた人であれば、信用できるな」と安心できますよね。

こういう「シグナリング」をビジネスに応用できると、相手に「この商品は価値があるんだ」と思い込ませることができます。

そういった「思い込ませる事例」が、本書には山ほど記されていました。

潜在意識のハッキング

直接的に「潜在意識のハッキングとは、こういう定義だ」と書かれていたわけではなかったので、あくまで私の理解をお示しすると、

相手に「効果がある」と思い込ませること

これが「潜在意識のハッキング」の定義です。


例えば、本書は「レッドブル」を例に説明しています。

レッドブルは高額で奇妙な味がして、「摂取の制限」がある。レッドブルが出たばかりのころ、その活性成分であるタウリンがもうすぐ法律で禁じられるだろうという噂が繰り返し語られたことがさらにプラスとなった。値段や味に加えて、小さな缶入りという点が特に効果的だった。

(中略)

おそらくレッドブルの入った小さな缶が売られているのを見て、我々は無意識にこう推測したのではないか。「あれは本当に強力な飲料に違いない。たっぷりと330ミリリットルも飲んだら頭がおかしくなるから、小さな缶で売るしかないのだろう」と。

『欲望の錬金術』p336

こういう思い込みがあるからこそ、不味くてもレッドブルを買ってしまうわけです。

満足化

これも堅苦しく表現すると

ある基準を定めておいて、その目標が達成できる選択肢が見つかったら、他の新たな選択肢を見つけるのをやめてしまうこと

を意味します。


例えば、コンビニでお酒を買うシーンを思い浮かべましょう。

「1缶300円以下だったら、買ってもOK」だと目標を定めていたとします。

その場合、たとえばコンビニの200m先のスーパーに150円のビールが売ってあったとしても、

コンビニで290円のビールを見つけてしまったら、

「もういいや、買っちゃえ」と思ってしまうわけですね。

290円よりも良い選択肢が存在するものの、その選択肢を模索するのをやめてしまう。

こういった「今、目の前にある現実的な選択肢」に飛びつくこと、

この「満足化」という観点も、人間が非合理的な行動をとってしまう1つの要因です。

心理物理学

心理物理学とは、「外的な刺激と、内的な感覚の関係を、定量的に示す学問」です。

そしてこの学問は「人間の知覚はそんなに客観的ではない」ということを前提としています。

例えば、

  • 仕事中、クソみたいなミーティングに参加している時間
  • 友人と酒を飲みながらボードゲームしている時間

とでは、「時間の感じ方」は全く違います。

味覚や嗅覚なんかも、人によって、あるいは年齢によって全然異なりますよね。


こういった観点での学問でも、人間が非合理的な行動を取る理由を説明できるそうです。

「手間がかかっている」と思い込ませると、人を動かしやすい

人間の非合理性な思い込みの1つに「手間がかかっているもの=価値があるもの」という感じ方があります。

例えば、結婚式の招待状。

これはメールで届くよりも、手書きの手紙で届くほうが「お、参加しよっかな」と思えるじゃないですか。


これとは少し違う話なのですが、プロジェクトで抵抗勢力を動かしたいときも、「手間を感じさせること」が効果的な場面があります。

昔、「法人営業で見ていくKPIの定義」を決めるプロジェクトをリードしたときの話。

私が「この定義でどうでしょう」と提案すると、ことごとく文句を言ってくるAさんがいたんですね。

ただ、その人が中々のキーパーソンでして、Aさんが「うん」と言わないと、周りも賛同してくれない・・・そんな組織でした。


正直「さっさと数字の定義を決めてしまいたい」のであれば、Aさんの上長に合意を取り付けて、トップダウンで進めていく方が早い。

しかし、結局そのトップダウンな進め方はしませんでした。

そうではなく、何時間、何日もかけて、Aさんが納得いくまで議論をしました。

たぶん、3週間くらいかかってしまいましたし、そのせいでプロジェクトが遅延し、私の上司にもこっぴどく怒られたものです。

「なんで、そんな議論に3週間も費やしてるんだ」と(笑)


それでも、3週間も無駄?に時間をかけて議論し、ようやくAさんが納得いく定義ができあがりました。

すると、どうでしょう。

KPIの定義を現場に説明するフェーズに入ったとたん、びっくりするくらい楽に進みました。

Aさんが"超"前のめり、"超"やる気満々で、現場への説明を担ってくれたんですね。

その結果、KPIの考え方は現場の末端まで浸透して、KPIを可視化したレポートを全員が閲覧するようになり、そのKPIに沿って動ける組織が出来上がりました。


なぜAさんは、急にそこまで協力的になってくれたのか。

それは、Aさんが「苦労して、時間をかけて決めたKPIの定義=価値のあるもの」だと思い込んだからでしょう。

人は「自分が時間や労力をかけたもの」を「価値があるもの」だと思い込みがちです。

だからこそ、抵抗勢力を協力者にしたいときは、「抵抗勢力にとって思い入れのある成果物」を作ってあげる。

一見すると非合理的ですが、これが、案外カギだったりします。

  • この記事を書いた人

Yusuke Motoyama

外資系コンサルティング会社を経て、経営大学院に勤務。年間300冊読むなかで、絶対にオススメできる本だけを厳選して紹介します。著書『投資としての読書』。 Books&Apps(https://blog.tinect.jp/)にもたまに寄稿しています。Amazonアソシエイトプログラム参加中。 執筆など仕事のご依頼は、問い合わせフォームにてご連絡ください。

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