この本で解ける疑問は?
- 生きるとは何か?宗教とは何か?愛とは何か?…こういう議論、意味ある?
- 何でもかんでも論破してくるやついるんだけど、どう対処すれば?
- 「本質を考えろ」っていうけど、どうやって?
『はじめての哲学的思考』って?
「その本質は何?」
…これにズバッと答えられたら、格好いいですよね。
「格好良くなりたい」
こういう不純な動機で、最近は哲学に関する本を中心に読み漁っています。
しかし、哲学というのは、どうも難解で難しい。
何度も挫けそうになります。
そういう挫けそうなときに、「何のために、哲学を学んでるんだっけ」を思い出させてくれる本が、本書です。
-Why-なぜ書かれたのか?
本書の「はじめに」は次の出だしで始まる。
「哲学は究極の思考法である」
こんな、ちょっと挑発的な出だしからはじめてみたい。
というのも、哲学は二五〇〇年以上の長きにわたって、人類がさまざまな問題を考えるためにとことん磨き抜いてきた知の結晶であるからだ。
(9ページ)(中略)
本書で僕は、そんな哲学的思考の「奥義」を、読者のみなさんに惜しみなくお伝えしたいと思う。この二〇〇年あまり、哲学はあまりにむずかしく、そして専門的になりすぎてきた。その壁を、僕たちはそろそろ壊してしまう必要がある。そしてこの力強い思考法を、だれもが自分自身の問題を考えるために役立てられる地図として、明るみに出す必要がある。僕はそう考えている。(10ページ)
つまり、「究極の思考法である哲学的思考の奥義を伝授すること」が本書の目的です。
-What-なにをすべきか?
では、そもそも哲学的思考とは何なのでしょうか?
本書では次のように定義しています。
そんなわけで、哲学とは何かという問いにひと言で答えるなら、それはさまざまな物事の"本質"をとらえる営みだということができる。(17ページ)
"本質"を捉える、中二病の私にとってはこれ以上無いほど格好いいキーワードです。
「早く教えてくれ」と急ぎたくなるのですが、筆者は「待て待て」と言います。
この「営み」を行うには、きちんと前提を抑えておく必要があるそうです。
そう、「まずは、スタートラインに立て」とのことです。
その前提とは次の2点です。
- 「原理」→「原則」を守る
- 共通了解志向型対話を行う
順に説明します。
「原理」→「原則」を守る
まず、次の2点の原理と、それらに紐づく原則を守る必要があります。
-
【原理1】思考の始発点:
この世に絶対的な「真理」は存在せず、いっさいは僕たち自身の「確信」や「信憑」である - 【原則】「何が真理か」に固執せず、お互いの「確信」やを投げ合って「共通了解」を見出す
- 【原理2】欲望相関性の原理:
世界は僕たちの欲望に相関して(応じて)その姿を現す - 【原則】「事実」から「~すべし」を導かない
- 【原則】「命令(~しろ)」の思想ではなく「条件解明(どうすれば~するだろうか)」と思考する
- 【原則】思考実験に気を付ける
「救命ボート問題」のような議論の決着がつかない「ニセ問題」を使って、思考実験しない
共通了解志向型対話を行う
次に、先ほどの原理、原則に沿った上で、次の3点に留意しながら、「共通了解を目指した対話」を心がけます。
- 対立する意見の底にある、それぞれの「欲望・関心」を自覚的にさかのぼり明らかにする。
- お互いに納得できる「共通関心」を見出す。
- この「共通関心」を満たしうる、建設的な第三のアイデアを考え合う。(155ページ)
以上が、哲学的思考を行ううえでの前提でした。
-How-どのようにすべきか?
お待たせしました。
「さまざまな物事の"本質"をとらえる営み」について解説していきます。
筆者は、この営みのことを、改めて「本質観取」と名付けています。
るろうに剣心や幽遊白書で出てくる技名のようです。
この「本質観取」には、次の手順が存在するそうです。
本質観取の手順
図1をご覧ください。
「恋」をテーマにしながら、順に説明します。
-
体験(わたしの「確信」)に即して考える:
本質観取は絶対的な真理を見出すのではなく、お互いの「確信」を投げ合うことで、「共通理解」を目指す。 -
問題意識を出し合う:
本質観取する概念について、気になっていることや疑問点などを出し合ってみる。「恋と愛は何が違うのか?」など。 -
事例を出し合う:
それぞれの恋の体験を言葉にしてみる。「独占欲」「天使」「切なさ」みたいな感じ。 -
事例を分類し名前をつける:
事例を出し合ってみると、いくつかの本質的なキーワードが浮かび上がってくることがある。例えば、「天使」や「切なさ」といった事例は、「あこがれ」という恋の本質的なキーワードで分類する、みたいな感じ。 -
すべての事例の共通性を考える:
すべての事例の共通本質を言葉にしてみる。「自己ロマンの投影とそれへの陶酔」など。 -
最初の問題意識や疑問に答える:
恋の本質を踏まえたうえで、2で挙げたような疑問点に対して答えてみる。
ちなみに、この手順の4と5を行う際には、コツがあるそうです。
それは、次の4つの観点を持つこと。
図2をご覧ください。
-
本質定義:
例)恋の本質を短く言い表す -
類似概念とのちがい:
例)「愛」や「友情」といった似た概念との違いを言い表す -
本質特徴:
例)その特徴が無ければ恋とは呼べない、という特徴を洗い出す -
発生的本質:
例)恋が発生するメカニズムを幼少期からの成長過程を遡って考える
この4つの観点を通すことで、より「本質的」な議論ができるそうです。
実際に、これらの手順や観点を使って、筆者が「恋」についての考察を展開していますが、この内容が秀逸です。
続きは是非、本書をご覧になってみてください。
他にも、歴史上の著名な哲学者についてのコラムがまた面白い。これも本書の目玉の一つです。
おっと、忘れるところでした。
本書の「ペライチ」を図3に示しておきます。
学び
本ビジネス書を通して、次の学びを得ました。
ところで「本質」とは?
「本質を理解する」=「正しいこと」という暗黙の了解がありますよね。
『はじめての哲学的思考』を読んでいても、「本質」というキーワードがくどいほど登場します。
…ところで、「本質」って何でしたっけ?
「わかるようでわからない、それっぽい単語筆頭」ともいえる、この「本質」。
皆さんは意味をご存知ですか?
ここで、いくつかソースを漁ってみようと思います。
コトバンク:物事の根本的な性質・要素。そのものの、本来の姿。
コトバンクでは、このように定義されています。
うーん、わかるようで、わからない。
根本的な性質の、「根本的」とは、何をもって「根本的」なのでしょうか?
Google:そのものとして欠くことができない、最も大事な根本の性質・要素。
Googleでは、このように定義されています。
さっきより、わかりました。
「そのものとして欠くことのできない」というのが鍵ですね。
先述した、「その特徴が無ければ恋とは呼べない、という特徴」みたいなやつです。
…ただ、もうちょっと仕事に応用しやすいような定義を、あきらめずに探してみたい。
GLOBIS知見録:「must to do」を決定づけるもの?
GLOBIS知見録では、「本質」そのものの定義はないものの、「本質を見抜く力」の定義はございました。
本質を見抜く力=must to do とnice to do を見極める力
- must to do=戦略的にやらねばならぬこと
- nice to do=できたらいいな
という意味です。
つまり、
戦略的にやらねばならぬことを決定づけるもの=本質
…ということなのでしょうか?
結論:「本質」とは、あってないようなもの?
以上を踏まえて、「本質」とは、あってないようなもの、というありきたりの帰結に至りました。
そもそも、簡単に理解できて使いこなせるような代物であれば、もっと簡単に楽して過ごせることでしょう。
しかし、これだけ「本質」について、著書やウェブを調べても、「万人が納得するような定義やテクニック」は存在しないわけです。
ただ、「本質」を自分なりに定義付けすることはできるでしょう。
「本質の本質は何か?」を考えてみるわけです。
- 本質の特徴は何か?
- 本質と根本の違いは何か?本質と特徴の違いは何か?
…こういうことを悶々と、人生を通して考える。
そうすることで、自分の中での「本質」の定義が磨き上げられていく。
自分の中での「本質」の定義を磨き上げてほしいからこそ、
「本質」はあえて、「あってないような、雲を掴むような概念」として、在り続けるのかもしれませんね。
本質の定義が万人にわかりやすく解明されてしまうと、「本質とは何か?」を考える楽しみが奪われてしまいますしね。
明日から取れるアクション1つ
- 「本質」というテーマに対して、「本質観取」に挑戦してみる