「明日やろうは馬鹿野郎」
「今日できることを明日に延ばすな」
「今日が一番若い日だから、すぐやろう」
おそらく一度は見聞きしたことのある言葉でしょう。何とも私たちを勇気づけてくれる言葉ですよね。
しかし、これらの言葉と全く真逆の主張をする本がありました。
湊 隆幸氏の『人生のリアルオプション』です。
『人生のリアルオプション』とは?
本書は、著者が東京大学で行った集中講義がベースとなっている「意思決定論」の本です。
読んでみると、
- 本書の前半部分は、筆者が意思決定の分野に携わるなかで、筆者自身が考えたこと・経験したこと・他者から学んだことが記されています。しかも、ただ持論が語られているだけでなく、古典や歴史上の偉人の引用が豊富になされています
- 後半部分は、ファイナンスやリアルオプションの理論が語られています。いわば、前半部分の論拠にあたります。ファイナンス理論を初めて読む人でも理解できるよう、かなり歩み寄って書いてくださっています
そんな本書が一番伝えたいことは何か?
おそらく、表紙に堂々と書いてある、このメッセージでしょう。
「明日できることを今日やるな」
いったいどういうことなのでしょうか。
明日できることは、今日やらないほうがいい・・・「先送り」の価値とは?
「明日できることは、今日やらないほうがいい」
この意味を理解するには、まずは「リアルオプション」を知らねばなりません。
リアルオプションとは、金融工学に用いられるオプションの価格決定理論を応用したプロジェクト評価の考え方のことです。
…「へ?」となった方向けに、私なりの定義をお伝えすると「将来の不確実性も加味した、柔軟な選択肢の持ち方」といったところでしょうか。
まあ、こういった難しい言葉は、具体例から入ったほうが理解が早いはず。
私の頭の整理もかねて、2つの例を考えていきます。
1つ目が、今すぐ退職して起業するケース。
2つ目が、最初の1年は、週4勤務に変えて、週1日だけ起業にあてる。1年後、順調そうであれば、退職して100%起業に振り切るケース。
で、いくつか前提を置くと
- 現在つとめている会社の年収は500万円
- いきなり起業して成功する確率は50%
- 成功したら1000万GET、失敗したら0円
こんな前提で考えてみましょう。
「1年後と現在の価値は違うだろ。割引率も考えなきゃ」
「起業の成功確率が50%とか甘くみすぎだろ」
…などなど、ツッコミが飛んできそうですが、あくまでリアルオプションのイメージを膨らませることが目的なので、スルーいただければと。
まず1つ目の、今すぐ退職して起業するケース。
退職すると、もらっている年収分がなくなるので、-500万円。
50%の確率で成功したら1000万GETで、失敗したら0円。
このときの期待値は下の図をふまえると、0円です。
一方、2つ目のパターンについて。
- 最初の1年は、週4勤務に変えて、週1日だけ起業にあてる
- 1年後、順調そうであれば、退職して100%起業に振り切る
事業をはじめて1年後、順調そうであれば、週4勤務もやめてしまってマイナス400万円。
ただし、事業が順調なうえでの意思決定なので、成功確率は1年前よりも上がるはず。仮に成功率を80%としてみましょう。
このときは、以下の図のように計算をしてみると、期待値はプラス100万円となります。
要は、
- 1つ目のパターンは、いきなり「100%起業」の選択をしている
- 2つ目のパターンは、「100%起業」の選択を「先送り」している
とも解釈できます。
先送りの価値ともいいましょうか。
未来の意志決定の余地(延期、縮小、拡大、中止など)を残しておくことの価値をふまえて、意思決定できる。
これが、リアルオプションの利点です。
未来に何が起こるかわからない。
そんな不確実性のもとでは、いきなり100%振り切った意思決定をしないこと、「選ばないこと」を選ぶことが大事になってきます。
「川の流れに身を任せ型」のキャリアのすすめ
本書から得られた示唆はもう1つあります。
不確実な世の中では、ものごとは自分が思うようには進まないものなのである。
どうせ偶発的だから、思うようにならないと考えるのではない。経験を積んでいくと、興味や関心が変わるかもしれない。それが人生の分岐点かもしれないのだ。
「柔能制剛 弱能制強」は中国の老子の言葉だ。
柔よく剛を制す。柔軟であれば剛いものを制することができるという意味である。力や能力だけではないですよと言っているのだろう。
しかし、力や能力だけではないと言っても、柳のように柔らかく受け身だけでは何も起きない。だから、技量を高めるような取り組みは必要だ。
不確実な状況では、大きな枠組みの中で状況に応じて柔軟に行動することを考える。
「明日できることを今日やるな」はこれを言っている。
『人生のリアルオプション』p30
この文章を読んで、やはり私にとっては「川の流れに身を任せ型」のキャリアがしっくりくるなと再認識。
私自身、コンサルティングファームを最初の会社に選んだ理由は
- やりたいことなんてわからない。働いたこともないのに「これがやりたい」「あれがやりたい」と言うのは、食べたことのないラーメンを比べて、「こうこうこういう理由だから、私は味噌ラーメンよりも豚骨ラーメンが好きなんです」とほざいているようなもの。いろんな味のラーメンを短期間でつまみ食いできるコンサルがちょうどよくね?
- であれば、将来やりたいことが見つかったときに、すぐに挑戦できるような「汎用的なスキルセット」が身につくところで働きたい。世の中の思考力本やスキル系の本を書いている人はコンサル出身者ばっかり。コンサルに入ると、管理職とか経営層と議論しなくちゃだし、激務っぽいし、ビジネス戦闘力が結構あがるんじゃね?
こんな理由でした。
要は「やりたいときに、やりたいことを、やりたい人たちと、やれる状態」になりたかった。
その方が、将来何が起きても、常に複数の選択肢を持った状態で意思決定できる。
先に述べたリアルオプション的な意思決定もしやすくなる。
だから、川の流れに身を任せるように、「面白そうだな」と思ったことに都度飛び込んで、飽きたら辞めて、新しく何か始めて・・・みたいなキャリアも、それなりに幸福度高そうだなーと再認識させられました。
しなやかで根拠のある自己啓発書。
『人生のリアルオプション』はそんな本でした。